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[旅のバナー]
昨日、昔のMSG集の中の過去の「旅行記」を読み返してたが、ふと目にしたのが、タイトルバナーの件だった。大部分は、故ADAMさんの自宅に伺って、私の目の前で、フォトショップという当時としては、上等なソフトで、作成してもらったものだ。レイヤーとか、ぶつぶつ言われながら、
背景の図柄を手持ちの画像集の中から、選択され、切り取って、サイズを目分量で、これくらいでどうだ?とか相談しながら、作成する過程も見学させてもらったことを覚えている。これは、ホームページの1部品を製作する過程の作業だ。ホームページを作成する過程には、様々なパーツを作成するが、そのベースとなる無地のバナーなんかを集めて、無料素材として、ネット仲間に提供している、いわゆる素材専門のサイトを運営されている方々も、沢山おられた。いまでも、まだ多くあると思うが、彼も、出来ていただろう。
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「じゅんさぃ忌」というのは、オメメ先生が、まだ健在中のNAME先生夫妻を招待して、生前の先生を偲んでしまおうという趣旨で開催したものだ。NAMe先生の奥様は、もう、お亡くなりになられたが、NHKの番組にも取り上げられたことがある。介護花日記として、ネット上にも記録を残されている。
ADAMさんが亡くなられたという知らせを知ったのは、携帯に届いたメールでだった。さりげなく1行だけ書き込んでいたが、勿論、思い出は沢山ある。
実は、私が「パソコン通信」を開始したのは、「すがや みつる」さんの著書を読んだからだが、
当時、そんなことをしている人は、どこに居られるのか知らなかった。が、電話局で、モジュラーの工事を最近、された方の家を調べてもらい、その場で、連絡を入れ、即、アポイントを取り、手土産を用意して厚かましくも訪問したのが、そのADAMさんのお宅だった。色々な話を伺って、何をどうすればいいのか聞いて、モデムという機械を買う必要があるというのを知った。当時は、1200bpsという、今では考えられないほど遅い速度のものだった。そして、通信ソフトも必要ですと教えてもらった。そこから私の通信人生がスタートした。
そのadamさんの遺作ともなるバナーは、長年、私のサイトで働いてくれていた。これを処分してしまうのは、私としても残念だ。再び、利用しょうと、前のサイトから拾ってきた、まだ中身は入れていないが、一応、新しいフォルダを作成して、準備した。「忍者」も、FTPが、いま、私のスキルでは、使用不可なので、アップローターで、試行錯誤しながら、登録しておこう当然、作成してもらったバナー類は、メールで私宛に送信した。その時の要領を覚えていたので、ホームページビルダーの付録のwebアートデザイナーでも、自作のバナーを作成できるようになった・・・
また、彼は、仕事柄、地球を何周も航海しているので、全世界の情報に詳しく、「旅行記」は、実体験に基ずくもので、文章も上手だった。私も、かなりの影響を受けている。なんとか、自分の文章で旅行記を書いてみたいという願望を持つようになった。「愉快な旅人」というボード(SIG)のボードマスターは、ADAMさんだった。とても、敷居の高いボードだったが、練習だと思い、隠岐の島観光の旅行記を書き込んでから、旅に出れば、旅行記を書くものという習慣がついてしまった。最近は、どこへも行かないが、暇だと、パソコンを立ち上げては、何か、ネタはないものかと毎日考えているようになっている。何でも本人は一向に構わない。別に文献を沢山持っているわけではなく、ネットの検索サイトがあれば、どんな分野のものでも、平気で書き込んでしまう。調べながら書き込むので、結構、面白い。変に知識があるより、何も知らないほうが、つぎから次へと疑問を解消しながら書き込むので、自然と自分の勉強にもなっている。自分が綴った文章というものは、かなり長期間、覚えているものだ。
先日の「東海林さだお」さんの著作の中の文章を発見して、まるで、昔、私が書き込んだ内容とそっくりなシュチエーションだとピンときたのも、書き込んだ本人が忘れるハズがないからだ。幸い、その辺(あたり)のログ集は、残していたので、コピペで私のMSGにも取り入れたこともある。
アップルのバナーをお探しの方は「隼 イトカワ」のMSGの下段をご覧ください。IPADやIPODは、なかなか品薄で入荷待ちが多いそうだが、ネットで注文しておくと必ず入手可能です。
提携解除通知が着信していたが、本日の返信で、私のサイトは、継続となっていた。正式に
この新しい「再インスピルーム」で申請するつもりで、トライしてみたが、方法が解からなかったので、こういう不細工なお知らせを書き込んでます。なかなか、ムズだ。
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