[巣鴨信用金庫]

朝の検索で、昨日のMSGの内容は、判明したので、気分的に楽になった。小さな記事だが、私が唱えている「スポットライト」的な記事にもなったと思う。

 下にも、追加部分をそのまま残しておこう。 こういうのが判明すると本当に気分が良い。

今朝、ヘソクリックの検索で発見した巣鴨信用金庫のホスピタリティー精神がどうやら、上の件と合致している。


 今日も、ネタは、考えなくて良い日だが、書き出しふぶんだけは、迎えのバスが来るまでに、書き込めるだろう。
                       −−−−続きを読む−−−−−

 何度も述べるようだが、FTPが使用できなくなって、本当に困っている。これも、アップローダーの世話になるしかないが・・・書き出し部分だけで、一旦、閉じておこう。

 高瀬舟たかせぶねは京都の高瀬川たかせがわ上下じょうげする小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島えんとうを申し渡されると、本人の親類が牢屋敷ろうやしきへ呼び出されて、そこで暇乞いとまごいをすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪おおさかへ回されることであった。それを護送するのは、京都町奉行まちぶぎょうの配下にいる同心どうしんで、この同心は罪人の親類の中で、おも立った一にんを大阪まで同船させることを許す慣例であった。これはかみへ通った事ではないが、いわゆる大目に見るのであった、黙許であった。
 当時遠島を申し渡された罪人は、もちろん重いとがを犯したものと認められた人ではあるが、決して盗みをするために、人を殺し火を放ったというような、獰悪どうあくな人物が多数を占めていたわけではない。高瀬舟に乗る罪人の過半は、いわゆる心得違いのために、思わぬ科を犯した人であった。有りふれた例をあげてみれば、当時相対死あいたいしと言った情死をはかって、相手の女を殺して、自分だけ生き残った男というようなたぐいである。
 そういう罪人を載せて、入相いりあいの鐘の鳴るころにこぎ出された高瀬舟は、黒ずんだ京都の町の家々を両岸に見つつ、東へ走って、加茂川かもがわを横ぎって下るのであった。この舟の中で、罪人とその親類の者とは夜どおし身の上を語り合う。いつもいつも悔やんでも返らぬごとである。護送の役をする同心どうしんは、そばでそれを聞いて、罪人を出した親戚眷族しんせきけんぞくの悲惨な境遇を細かに知ることができた。所詮しょせん町奉行の白州しらすで、表向きの口供こうきょうを聞いたり、役所の机の上で、口書くちがきを読んだりする役人の夢にもうかがうことのできぬ境遇である。
 同心を勤める人にも、いろいろの性質があるから、この時ただうるさいと思って、耳をおおいたく思う冷淡な同心があるかと思えば、またしみじみと人の哀れを身に引き受けて、役がらゆえ気色けしきには見せぬながら、無言のうちにひそかに胸を痛める同心もあった。場合によって非常に悲惨な境遇に陥った罪人とその親類とを、特に心弱い、涙もろい同心が宰領してゆくことになると、その同心は不覚の涙を禁じ得ぬのであった。
 そこで高瀬舟の護送は、町奉行所の同心仲間で不快な職務としてきらわれていた。
森 鴎外 高瀬舟 青空文庫より

 本日のSTさんの教材は、鴎外の高瀬舟だった。なかなか、作品を選択している。本日は、声もよく出ていたし、詰まるところもなかったと褒めてくれた。森鴎外も、良い作品を残してくれていたようだ。STさんも、人それぞれだ。資格を取られているから、教材は、その方が選ばれる。口の運動(顔の筋肉、舌の出し入れ)深呼吸等の準備運動が済めば、発声練習、教材の読み上げと続く。その日によって教材を変えている。特に、私が、このようなサイトで発表してしまうから、何か新しいものでと攻撃されているようだ。最近は、要領を掴んで、落ち着いて、ゆっくり発声するというようにしている。宮沢賢治の時のようなことになると、みっともない・・・

 姫路の夏の風物詩、「ゆかた祭り」も終わり、いよいよ梅雨のシーズンとなった。雨の日が続く。

 参議院選挙の看板には、いままで、あまり馴染みのない顔が揃っている。党名もバラバラだ。

 どのような展開になるのだろう?

 こういうネットで選挙活動をすれば、あまり多額の費用も必要なくなるのに・・・何故、日本では許されていないのだろう? 仕分けや、経費削減と叫んでいるのに、何か矛盾しているような気
がする・・・

 クリック募金の数字が秒単位で増加していくのは気持ちが良いが、国の借金時計が増えていくのは、たまらない気がする。

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